lunes, 19 de enero de 2009

相撲 (SUMOO)



シンボリズムな相撲

日本の伝統なスポーツといますと、間違いない相撲です。私は相撲が始めて見たときにあまり感心しませんでしたが、そのうちに好きになってしました。その理由はただ力士の戦いではなく雰囲気でした。もちろん力士らの魅力があります。それは体格であり、戦いの激しさであり、つまりその一瞬間の美であります。日本人は一瞬の美しさに非常にこだわると思います。たとえば、花を見るときに一番きれいな時期に見に行きます。桜を咲いた途端に日本人の気持ちも咲くような気がします。
先言いましたように私は相撲の儀式に興味があり、特に象徴的の要素だと思います。相撲を見る度にいつもいろんな質問を浮かんできます。たとえば、どうして力士らほとんど裸のままに戦うのか、どうしてその土俵は円型のか、どうして力士らは戦う前に塩をばらまくのか、その点以上について考えてみたいと思います。
歴史的に相撲の話は古事記に載っていたがもっと昔からあっただそうです。その当時の日本は神道であり自然と共存調和で暮らしていました。それ故に力士らは最初に米の収穫をうまく行くよう儀式していました。その内容についてもう一つの説があります。一人力士で取る相撲もあり、その力士は神と戦って勝つべきです。その結果で名前を変えって神様に恵まれるそうです。だから現代も力士らの名前は本名ではなく親方に付けられます。その例は旧約聖書にあります。ジェネシスにはヤコボスは神との戦いでびっこうなってイスラエルに名前も神様に変えられました。
日本の自然と言えばやはり昔から大切でしたのは海と山です。日本の思想の中でその二つの概念を非常に大事にしています。「あの世」と「この世」は日本人の頭の中でイメージがつよいと思います。実は「あの世」はその海と山のことです。神道という宗教はアニミズムなので自然の中で様々なカミがいます。しかも特に海と山の中にいます。相撲にもその背景があるので土俵上で現れると思います。力士らは二つに分けられていて一つは名前に必ず「海」の漢字を付けて、もう一つは「山」の漢字を付けています。
一方で二つのカミは戦うために円型の土俵は神聖の場所であり、マイクロコスモスと考えればいいと思います。昔人間の思想の中で空は円がいのよう想像していました。そして、人間の場所は土であって象徴として四角であると考ました。とすると相撲の中では多様な象徴があって、その後ろに日本人の存在、その背景としての基盤を良く見ますと現れます。相撲の内容は日本人思想の一部ということだと思います。


ヤング・カルロス

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